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2016.10.04テクノロジー

「自動運転車のジレンマ」問題!避けられない事故でどちらの命を守るのか?

morimura
もりぞう
どっしりゆったり頼りになる感じになれるよう頑張ります

みなさん「自動運転車のジレンマ」ってご存知ですか?

国内では2015年から一般道での走行試験が始まり、自動運転車が公道を走るという未来が、いよいよ現実味を帯びてきました。しかし交通事故の減少を始めとした様々な潜在的利点が期待される中で、避けては通れない潜在的な障害というものも少なからず存在します。

それが「自動運転車のジレンマ」問題です。

自動運転車のジレンマとは?

自動運転車のジレンマとは、ドライバーの命と歩行者の命、どちらを優先するのかという究極的な倫理的問題のことです。

例えば、危険な障害物が路上に現れた時、これを避けるために歩行者のいる歩道に突っ込むべきなのか?それとも歩行者を守るために障害物に突っ込み、ドライバーが犠牲になるのか?

運転を完全にオートメーション化するには、こういった倫理的、道徳的な選択ができる必要も出てくるのです。

どちらかの命を選択するという事実は避けられない

もちろんどちらの命が大切かなんて天秤に掛けることはできないですが、
しかし車が一定のスピードを出して走行するとき、障害物の回避が間に合わないというシチュエーションは必ずあるわけで、どちらを選んでも犠牲者が出るといった場合、自動運転車はどちらの命を優先するべきなのでしょうか?

人間が運転しているのであれば、そういった突然の状況に対して道徳的、倫理的感情が働く時間はほとんどなく、本能的な選択によりコントロールを行うことが多くなるでしょう。
しかしコンピューターの思考・判断速度は人間のそれよりも遥かに速く、様々な条件に対して、答え瞬時に出すことができます。

つまり人間が「どの状況の時はどちらを優先させる」ということをインプットさせさえすれば、自動運転のロボットはどちらかの命を容易く選択することができるのです。

アンケートで明らかになった、命の選択の矛盾

以前、カリフォルニア大学心理学社会行動学部の研究者が行った調査が「サイエンス」誌に掲載され話題を呼びました。

自動車と道義をテーマとするその調査は1,928人が参加し、2015年6月から11月までの間に6度のオンライン調査が行われました。
この調査により自動運転車の問題点が大きくクローズアップされることとなりました。

設問:自動運転車が道路を直進していると突然10人の歩行者が道路に飛び出してきた。
車がそのまま進むと10人との衝突はさけられない。
だが道路の両脇にはフェンスがあり左右どちらにハンドルを切っても衝突は避けられない。
こんな時、自動運転車はどう運転するべきか?

1.不特定多数の他人を犠牲にして車の搭乗者を助ける
2.車の搭乗者を犠牲にして不特定多数の他人を助ける

– ハンドルを切ってフェンスに激突すれば犠牲になるのはドライバーと同乗者だけ。
しかしそのまま直進すれば、0人の命が犠牲になる。

この設問から非常に矛盾した回答が浮き彫りになったのでした。

”人命被害は最小限にするべきである。しかしそれは自分以外の誰かが搭乗した自動運転車に限る。
自分の乗る自動運転車には自分の命を守ってほしい。”

多くの人が「車の搭乗者の命を犠牲に歩行者の命を守る」という、人命被害を最小限にとどめることを選んだのですが、それは他人が搭乗する場合に限ったことであり、自分の搭乗する自動運転車には、自分や同乗者をどんな手段を用いてでも守ってほしいと考えたのでした。

回答者の多くは、自己犠牲を要求する法制を支持せず、大勢を守るために自分を犠牲にするような自動運転車であれば購入はしないと答えています。

まとめ

日本では自動運転の実現に向けた取り組みが着々と進められており、今年の2月に神奈川県では自動運転タクシーの実証実験が行われました。
福岡県でも自動運転バスの公道での走行実験実施が決定したようで、東京オリンピックの行われる2020年の実用化を目指すそうです。

しかし避けては通れない、自動運転車のジレンマ問題。実験を紐解くと、そこに残るのは消費者は自動車メーカーや保険会社や政府が思っているほど、自動運転車を手放しで歓迎しているわけではないという結果なのではないでしょうか?

自己犠牲を受け入れることがこの問題をクリアする第一歩だとすれば、自動運転車の普及にはまだまだ時間が掛かるかもしれません。

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